離婚後の「共同親権」導入していいの? DV被害が続く懸念 法改正した欧米でも見直しの動き
小林由比、出田阿生(2021年6月30日付・7月1日付 東京新聞朝刊) https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/44984/
離婚後に父母の両方が子どもの親権を持つ「共同親権制」の導入を国に求める声が上がっている。「子どもは両親に育てられるべきだ」というのが賛成派の意見だ。一方で、ドメスティックバイオレンス(DV)を受けて離婚した女性らは「子どもを口実にされ、暴力から逃れられなくなる」と不安を訴える。DV被害者保護の観点から共同親権を考える。
DV防止法が適用…でも家裁は面会”強制”
「家庭裁判所が小学生の娘を父親に面会させるよう強制してくる。DV防止法の適用を受けて住まいも隠しているのに、どう考えてもおかしい」。30代のユウコさん(仮名)はそう語る。
出産後、「穏やかな人」と思っていた自営業の元夫が一変した。「子どもの前でたばこを控えて」と言うだけで激怒。携帯電話などを壊された。ついには「出て行け」とひどい暴力を振るわれ、娘を連れて逃げた。
4年前に離婚し、ユウコさんが親権者に。その直後、元夫が娘との面会交流を求める調停を家裁に申し立てた。ユウコさんは「娘は暴力を目撃し、精神的に不安定」と拒んだが、年配の男性ら2人の調停委員は「夫婦関係と親子関係は別。とにかく面会を」と繰り返すばかり。「子どもの意思は関係ない。こちらが必要と判断すれば会わせる」と調査官にも言われ、面会交流の試行が決まった。
笑顔が評判の元夫 面会したら娘に異変が
元夫と会った後、娘に異変が起きた。「勝手に写真を撮られたり、触られたりして嫌だった」とつぶやき、指や爪、手のひらを強くかむように。爪がはがれて出血し、手の皮がむけて真っ赤になった。突然泣きだすことも。ユウコさんは「面会交流は控えた方がいい」との精神科医の診断書を家裁に提出。それでも調停委員は「(自傷は)他に理由があるのでは」と聞き入れず、今も交流を続けるよう求められている。
ユウコさん自身も、調停に出るために訪れた裁判所ですれ違う元夫が自分だけに向ける「ものすごい目つき」におびえ、調停の前後に何度もトイレで吐いた。元夫は家の外では「いつも笑顔」と評判で、調停委員からも「暴力をするような人には見えない」と言われた。「密室で起きるDVはこんなにも理解されないのかと絶望した」と嘆く。だが、家庭裁判所への女性からの離婚申し立て理由の上位は、生活費を渡さない経済的DV、精神的DVなど夫からのDVが占める(上の表『家庭裁判所に申し立てられた離婚理由』)。
親だけでなく、子どもの意見も尊重すべき
ユウコさんが「ほぼ強制」と表現するほど、家裁が面会交流を後押しするようになったのは、面会交流を明記した改正民法が2012年に施行されてから。調査官を19年務めた和光大教授の熊上崇さんによると、実務者向け専門誌にDVや子への虐待、子の拒否などがあるケース以外では、面会交流を進めることが望ましい、との論文も掲載された。「子どもが嫌がっても、歯医者に連れて行くのと同じ。面会交流をできるよう同居親は促すべきだと書かれているテキストさえある」という。
熊上崇さん
共同親権が導入されれば、こうした「面会交流は原則実施」の流れがさらに強まることも予想される。熊上さんは「DVや虐待があったケースでさえも、面会交流をさせられていることは問題」と指摘。「『会いたい』という親の意見だけでなく、面会交流をしたい、あるいはしたくないという子どもの意見も尊重すべきだ」と強調する。
虐待で離婚 元夫が息子の”ストーカー”に
「父親が息子をストーカーしているんです」。50代のミカさん(仮名)はこう語りだした。元夫のドメスティックバイオレンス(DV)や子どもへの虐待で離婚。ところが元夫はミカさんの家を捜し当て、「許して」「会いたい」などと書いた紙を郵便受けに直接入れてくるように。手紙は3カ月で500通を超えた。
元夫は離婚前、「トレーニングだ」と毎日のように長男を深夜まで外で走らせた。長男のチームの練習に口を出し、みんなの前でわが子を怒鳴りつけた。こうした行動が知れ渡り、長男は高校へのスポーツ推薦が取り消された。
警察に相談しても、理解してくれなかった
長男が県外に進学して寮に入ると、元夫はその近くに引っ越した。監督から「平日なのにお父さんが部活動を連日見に来ている」とミカさんに電話が入り、絶句した。
「元夫は子どもをペットや所有物だと思っている」とミカさん。長男が以前、つきまとう元夫に「帰って」と肩を押すと、「痛い痛い。警察に傷害罪で訴えるぞ」とすごんできたという。ミカさんは「親子間のストーカーを警察に相談したが、理解してくれなかった。共同親権になったら元夫も親権者。不安でたまらない」と恐怖に震える。
「共同親権」に不安を募らせるDV被害者
日本では現状、離婚後は単独親権制。「離婚しても両親が子育てに関わるべきだ」などと、共同親権の導入を求める声も出ている。
こうした動きに気をもんでいるのが、ミカさんらDV被害者だ。30代のマユミさん(仮名)もその一人。離婚訴訟を起こしたが、夫は暴力を認めながらも「DVではない」と拒否している。それどころか小学生の息子の引き渡しなどを求める訴訟を次々と起こしてきた。「進学先を決める際など、そのたびに反対されて訴訟を起こされれば、子どもが望む学校に行けないこともあり得る」
「父母で養育」と法改正した国が方針転換
「離婚後も両親が継続して子育てに関わるべきで、そのためには共同親権の導入が必要、という聞こえがいい説明に引きずられるのは危険だ」。海外の家族法制に詳しい大阪経済法科大教授の小川富之さんは慎重な議論を呼び掛ける。
小川富之さん
小川さんによると、欧米では一時期、「離婚後も父母が共同で子どもを養育することが必要」との声が高まり、その趣旨に沿った法改正が各国で進んだ。だが近年、DV被害を重視し、法制度を見直す動きが続いているという。
支援体制ある国でも悲劇 ましてや日本は
オーストラリアは1995年、共同養育を法制化した。その際、養育を支援する仕組みとして、父母の対立が深刻なケースを支援するために介入したり、虐待やDVがないかを見極めたりする「家族関係支援センター」を各地に設置した。
しかし、面会交流の際、子どもが別居親である父に殺害されるなど、子どもや母親が被害に遭う事件が起きた。「加害者が元配偶者への報復として、子に危害を加えることは珍しくない」と小川さん。同国は2011年に方針を転換し、共同養育よりも、子どもや同居親の安全確保を最優先することを法律に明記した。
「DV被害があるケースでは、支援体制のある国でも悲劇を回避しきれていない。ましてや支援体制が不十分で、子どもの意思をくみ取る仕組みもない日本で離婚後の共同親権を導入したら、深刻な被害が続く」。小川さんの懸念は強い。「協議離婚で単独親権となっても、父母が必要に応じて協力して子育てしているケースも少なくない。海外の経験を学び、共同親権制の導入は控えるべきだ」
親権とは 子どもの住まいを定め、身の回りの世話をする身上監護権、携帯電話の契約といった財産管理権、進学先などの重要事項決定権などからなる。日本では離婚に際して父母のどちらかを親権者とする単独親権制がとられている。面会交流は単独親権でも可能。法制審議会の部会で3月から、養育費不払いや親権の在り方など、離婚後の養育について議論されている。
Comments